日本酒の米国市場エコロジー
1.「はじめに」
2025年10月、日本酒業界との事業開発を目的として約1か月間日本に滞在した。この訪問は、自身の日本人としてのルーツや、20年以上会っていなかった家族との再会を果たす機会でもあり、仕事・私生活の両面で極めて実り多い経験であった。
自ら酒類法務の事務所を立ち上げた際、ある日本酒輸入業者の顧問弁護士を務めることになった。その業務を通じて、日本酒の世界がいかに広大かつ多様であるかを認識するに至った。
日本酒にはワインやビール、その他の醸造酒に匹敵する複雑さ、多様性、芸術性、そして歴史がある。にもかかわらず、日本やアジアの多くの地域で堪能されている日本酒の豊かな品揃えに、米国市場が十分にアクセスできていないのはなぜか。筆者の観察によれば、これは、日本酒のグローバル展開と米国流通を支える「市場エコロジー」がいまだ成熟途上にあることに起因する。現在、米国の日本酒市場エコロジーには、生産者・酒類輸入業者・輸出事業者にとって大きな障壁となる三つの課題が存在する。
本稿の後半では、こうした課題の将来的な解決策――教育、ローカライゼーション、流通の各面において業界が採りうる手法――を論じる。
2.「米国市場の三つの課題」
- 流通:地酒の生産者は輸出に関心を持ち、米国への輸入量も拡大を続けているが、地酒生産者が酒類輸入業者や卸売業者(ディストリビューター)と良好な関係を構築することは容易ではない。地酒生産者と米国の大手卸売業者との間にはインセンティブの不一致がしばしば生じ、大量流通型の販売チャネルは小ロット生産の地酒醸造所とは本質的に相性が悪い。
- ローカライゼーション:日本酒の生産者は、製品のローカライゼーションが規制遵守(コンプライアンス)や翻訳にとどまらないことを、ようやく認識し始めた段階にある。ローカライゼーションは、ブランドのターゲット消費者に響くストーリーを日本酒に与えることでもある。適切なターゲットの選定とストーリーの構築には、製品の真正性を維持しながら異文化の消費者にも理解される表現を見出すという、文化的な緊張関係が本質的に内在する。
- 教育:テイストメーカー――シェフ、バーテンダー、専門酒販店のスタッフ、酒類業界のインフルエンサーなど――がワインやウイスキー、カクテルと同等の水準で日本酒を語るために必要な教育基盤は、いまだ黎明期にある。
以上を踏まえ、米国日本酒市場の持続的成長は大量流通によっては実現しないと考えられる。成長の原動力となるのは、教育・ローカライゼーションの改善・オンプレミス消費拠点を基盤とした、ターゲットを絞った文化的統合である。本稿では二部構成を採り、前半では市場の現状とその課題を報告し、後半では市場の将来像および業界が課題克服のために採りうる手法を論じる。
3.「業界視察の概要」
筆者が約1か月の日本滞在中に行った業界との接点は、以下のとおりである。
- 新潟大学日本酒学センター 長・教授の岸保行氏および同センター准教授の西田郁久氏の案内による同センターの視察
- 新潟県酒造組合専務理事・坂井康一氏との意見交換¹
- 日本貿易振興機構(JETRO)農林水産食品部 商流構築課 課長代理であり、SSI国際利酒師でもある津村アンナ氏、および同課案件支援チームの栢沼泰佑氏(J.S.A. Sake Diploma)・井本浩之氏との会談
- 塩川酒造株式会社 代表取締役の塩川和広氏の案内による同社(新潟県)の業界関係者向け醸造所見学
- 多様なスタイルの日本酒の試飲
4.「流通とローカライゼーション――市場の現状」
米国における酒類消費の需要は2021年以降漸減傾向にあるが²、日本酒の需要は増加を続けている。JETROのデータによれば、2021年から2025年までの5年間で、米国向け日本酒輸出額は15.2%増加した³。米国は日本酒輸出の大きな割合を占めているにもかかわらず、東京の駅前の居酒屋に足を踏み入れれば、米国の最高級レストランに匹敵する日本酒のラインナップが揃っている。気軽に入手できる高品質な日本酒の種類と数量は圧倒的である⁴。
米国市場がこれほどの輸出シェアを占めながら品揃えが限定的であるのは、一見矛盾している。筆者はこの乖離について、JETROの担当者、新潟県酒造組合専務理事の坂井氏、新潟大学日本酒学センターの岸教授と詳細に議論した。いずれの分析も、筆者自身の見解と多くの点で一致するものであった。
視察の最初の会談において、新潟県酒造組合の坂井氏は、日本国内の日本酒市場にこれほどの多様性がある理由の一つとして、日本酒の多くが中小規模の地酒醸造所によって生産されている点を指摘した⁵。こうした醸造所の多くは新市場の開拓に意欲を持つものの、米国での流通を投資に見合う事業とするための人脈や資本が不足している。筆者の見解では、この障壁はマーケティング・ローカライゼーション資源の不足と、卸売業者(ディストリビューター)との円滑ではない関係という二つのカテゴリーに大別できる⁶。

5.「ローカライゼーション」
米国の酒類業界関係者であれば、酒類の利益率を最も左右する要因はマーケティングの効果であると口を揃える。したがって、米国におけるマーケティングは極めて高額であり、その費用は通常、卸売業者(ディストリビューター)とブランドが50%ずつ負担する。大量流通型製品を1地域で展開する場合、年間約100万ドルのマーケティング費用が必要とされ、投資回収には少なくとも3年を要するというのがおおよその目安である⁷。
日本では、日本酒の生産者は小売免許者に販売促進を委ねることが多く、米国で標準とされるマーケティング予算には遠く及ばない。とりわけ現在の円安――ドルに対して約50%の購買力低下――を考慮すれば、こうした金額に直面した生産者が米国市場への参入を躊躇するのは当然である。
しかしながら、地酒に必要なのは大量流通ではなく、市場浸透率の向上である。現段階の目標は、すべてのスーパーマーケットやコンビニエンスストアで地酒を販売することではない。そもそも消費者がそうした場所に地酒を求めて訪れることはなく、地酒醸造所にはそのような数量を供給する生産能力もない⁸。むしろ注力すべきは、専門酒販店、レストラン、バー、その他のオンプレミス消費施設において多様な日本酒が提供される環境の整備である。日本料理という文脈だけでなく、消費者が日本酒を愛好するようになる場を創出することが重要といえる。
こうした目的のためのマーケティングは、必ずしも莫大な費用を要しない。むしろ、精確なターゲティングと優れたローカライゼーションが求められる。日本滞在中、この考え方を説明するにあたり、「フェルネットの寓話」と呼ぶサンフランシスコのエピソードを用いた(寓話の後に要点を箇条書きでまとめているため、寓話自体を飛ばして先に進むことも可能である)。
6.「フェルネットの寓話」
フェルネット・ブランカ(Fernet-Branca)はイタリア産の薬草系ビターリキュールであり、筆者の居住地であるサンフランシスコでは極めて人気の高い酒類である。苦味、甘味、ハーブの風味、ミントの清涼感を同時に併せ持つ飲料は、筆者の知る限り他に類を見ない。フェルネットはまさに「飲み慣れてこそわかる味」の典型である。それにもかかわらず、サンフランシスコをはじめ米国の多くの都市では、フェルネットは「バーテンダーズ・ハンドシェイク」――米国バー文化の慣習で、常連客として認められた証にバーテンダーがフェルネットの一杯を無料で振る舞う行為――と呼ばれている。
この慣行は、バーやレストランへのフェルネットの販売を促進するだけでなく、一般消費者への直接販売にも貢献している。2000年代初頭、米国の酒類業界がクラフトカクテルの革命期を迎えた際、フェルネットは消費者への直接マーケティングではなく、バーテンダー、業界インサイダー、その他のテイストメーカーに的を絞ったマーケティングを展開した。豊富なサンプルの提供により、こうした人々がフェルネットの味を習得する機会が生まれた。その独特の風味ゆえに、フェルネットを楽しめることは一種の洗練の証(あるいは一種の通過儀礼を経た証)とみなされるようになった。
常連客にフェルネットを振る舞う行為が多くのバーで定着すると、このターゲット型マーケティングの真価が明らかになった。バーテンダーが一杯のフェルネットを差し出す行為は、「あなたはここのコミュニティの一員である」というメッセージを伝えるものであった。消費者がこれほど肯定的な感情を製品に対して抱く機会は稀であり、次に酒販店を訪れた際にその銘柄を手に取る動機としてこれ以上のものはない。
さらに注目すべきは、フェルネットがバーテンダーに製品を売らせるために費用を投じたのではなく、テイストメーカーに製品を楽しむ機会を与え、その体験の共有を彼ら自身に委ねた点である。この口コミ部分のマーケティングは、実質的に無償で実現された。
7.「日本酒への応用」
フェルネットの寓話から日本酒業界が学びうる教訓は、以下の三点に集約される。
- フェルネットは、米国人の味覚にとって本来馴染みにくい外国産の製品であった。それでも米国市場に浸透しえたのであれば、日本酒にも同様の可能性がある。
- フェルネットはボトルのローカライゼーションを徹底した。規制遵守にとどまらず、イタリアのアマーロとしてのストーリーを英語で伝え、飲料としての洗練されたイメージを高めるトレードドレスを採用した。
- 消費者への直接マーケティングに時間と費用を費やす代わりに、フェルネットは最終消費者との接点と知識を最も豊富に持つ業界セクター――バーテンダー――に的を絞った。これにより、直接マーケティングよりもはるかに効果的な形でその接点と知識を活用することが可能となった。
もっとも、上記三点を日本酒に適用するにあたっては、固有の課題が生じる。
- 日本酒を販売しうる事業者に到達するための適切なチャネルは何か。日本酒がフェルネットほど米国人の味覚に抵抗があるとは考えにくい。ただし、過去における不適切な保管・提供方法が否定的な印象をもたらしてきた。消費者に日本酒の適切な保管・提供方法を啓発する適任のテイストメーカーを特定することが、こうした否定的な認識を払拭する最も有効な手段であろう。
- 日本酒の最終消費者として望ましいのは誰か。その答えが、どの事業者・テイストメーカーに対して製品の教育を行うべきかを決定する。日本酒にはフェルネットにはない多様な料理用途がある。ワインやビールと同様に調理に用いることができ、多くの料理と見事にペアリングする。たとえば、辛みの強いバーベキュー料理にワインを合わせるのは難しいが、冷たく爽やかな日本酒は味覚を心地よくリフレッシュしてくれる。
- 日本酒の物語を、偽りのない本物の価値を保ちながら、米国の消費者にも納得してもらえる形でどう伝えていくか。基本的には、ラベルを見ただけでその魅力が英語でしっかりと伝わり、図案や装飾が文化の壁を越える架け橋となって、中身のお酒が持つ物語を視覚的に訴えかける必要がある。漢字の書道(筆文字)は、この目的を果たすにはあまり効果的とはいえない。
米国には、こうした課題についてブランドを支援できる卸売業者(ディストリビューター)やマーケターが存在する。ただし、専門家の助言は高額であり、外国企業にとってその助言が適切かどうかを判断することは容易ではない。
坂井氏との会談から、消費者への直接マーケティングが数多く試みられてきたことが伺えた。世界各地の日本酒フェスティバルはその好例であり、来場者は通常では出会えない多様な日本酒を試飲し、楽しんでいる。これは飲料市場における日本酒への需要の存在を示すものである⁹。
しかしながら、その取り組みを支える「市場エコロジー」が不十分であれば――すなわち店舗で日本酒が販売されず、バーやレストランで提供されていなければ――消費者が日本酒を継続的に購入する習慣を確立する術がない。さらに、信頼するバーテンダーや販売員、レストランからの推薦のほうが、消費者にとってはるかに説得力がある。
日本酒を米国で販売しようとする生産者への最大の助言は、好みの米国の主要都市を訪れ、自社の日本酒を販売してほしい店舗で働く人々と交流することである。米国のボトルデザインを考察し、酒類がどのように提供されているかを体験すべきである。新たな取引先を獲得できなかったとしても、誰に助言を求めるべきか、自らの力で日本酒のストーリーをどう語りうるかについて、確かな手がかりを得ることができる。
8.「生産者と卸売業者」
日本では日本酒は小売免許者に直接販売される。一方、米国では法律上、酒類の生産者は小売免許者に直接販売することができず、第三者の酒類輸入業者および卸売業者(ディストリビューター)を介した流通が義務付けられている。
米国は少数の大手卸売業者が市場を支配している。小規模の専門卸売業者も存在する。自社製品について学び、マーケティングにおける真のパートナーとなる卸売業者を見つけることは、いかなる事業者にとっても困難であるが、英語や米国のビジネス慣行に不慣れな日本酒生産者にとっては、とりわけ厳しい課題である。坂井氏は視察中最初に、卸売業者との関係が失敗に至る三つのパターンを体系的に整理した。これらのパターンは、その後のほぼすべての議論で繰り返し浮上した。
- 米国の酒類市場を支配する少数の大手卸売業者は圧倒的な経済力を持つため、地酒生産者は交渉力の格差から一方的で収益性の低い取引条件を受け入れざるを得ないことが多い。地酒生産者は大手卸売業者にとって採算の合う数量を供給できないため、その銘柄は意欲に乏しい営業担当者に割り当てられがちである。多数の小規模ブランドの一つとして埋もれるうえ、大手卸売業者の営業担当者は英語表記の欧米由来の製品に関する知識が豊富であり、日本酒の販売には追加の努力が求められる。取扱量の小ささを考慮すれば、その労力に見合う対価が得られないのも無理はない。
- 米国の大手卸売業者と直接交渉する代わりに、日本の食品業界の大手商社(JFCインターナショナル、ミューチュアル・トレーディング、ウィスメタック等)を通じて米国市場への参入を試みる醸造所も少なくない。しかしながら、これでは地酒生産者の数量・マーケティングの問題は解決されず、結局のところ中間マージンを徴収する仲介者が増えるだけにすぎない。こうした大手食品商社には米国の卸売業者に完全に無視されない経済力はあるが、米国市場における酒類販売の専門知識は必ずしも有していない。さらに、当該食品商社が協調的マーケティング計画を伴う相当規模の日本酒ポートフォリオを保有していない限り、個々の日本酒生産者は大手卸売業者に直接交渉した場合と同じ数量対労力の問題に直面することになる。
- 米国には日本酒専門の卸売業者も存在するが、その多くは日本食レストランや日本食品店との取引に限定されており、こうした在外邦人コミュニティ向け事業を超えた市場需要の開拓は、これまで限定的であったと見受けられる。この市場浸透の限界は、基本的な規制遵守(コンプライアンス)を除き、小規模の日本酒専門卸売業者が取扱銘柄すべてを米国消費者向けに適切にローカライズする資源を持たないことにも一因があると推察される。したがって、こうした卸売業者は、ローカライゼーションの必要性が相対的に低い在外邦人コミュニティの消費者に注力することで最大の販売効率を得ている。
上記三つの課題にもかかわらず、日本酒の生産者を効果的に支援している卸売業者・酒類輸入業者も少数ながら存在する。コメ・コレクティブ(Kome Collective)、フィフス・テイスト(Fifth Taste)、サケ・ワン(Sake One)、スカーニック・ワインズ(Skurnik Wines)といった企業がその例である。これらの企業は、専門特化したビジネスモデル、顧客基盤、ツールセットを有し、米国日本酒市場のエコロジーを支える重要な役割を果たしている。
これらの企業はいずれも日本酒に対する深い知識と人脈を持つ。一方、その米国側の顧客は、レストラン、バー、専門酒販店が中心であり、在外邦人向け事業に限定されていない。豊富な日本酒カタログを揃え、日本酒のみを取り扱う場合も多い。日本酒専門のカタログを有することで、営業担当者が日本酒の知識を習得するインセンティブが生まれる。加えて、上記のような販売先を専門とする酒類輸入業者・卸売業者は、日本食関連以外の事業者への販売を通じて日本酒の市場浸透率を高めてきた実績を持つ。
9.「教育がもたらす未来」
地酒生産者が米国市場で直面する課題は、決して過小評価できるものではない。しかしながら、米国における日本酒の未来は明るいと考えている。日本滞在中に、業界のリーダーたちがローカライゼーション、教育、流通というエコロジー上の課題にいかに取り組んでいるかを目の当たりにしたからである。特に示唆的であった三つの経験は、JETROとの会談、新潟大学日本酒学センターの視察、そして塩川酒造の現地訪問であった。
後者の二つは、塩川酒造株式会社 代表取締役の塩川和広氏の案内で行われ、新潟大学日本酒学センター 長・教授の岸保行氏が同行した。塩川氏と岸教授のもてなしの温かさは筆舌に尽くしがたく、新潟ならではの絶品ラーメンをご馳走になりながら、終日にわたり日本酒の可能性を垣間見る貴重な機会となった。

10.「JETROとの対話」
JETRO東京本部にて、農林水産食品部 商流構築課 課長代理でSSI国際利酒師でもある津村アンナ氏、栢沼泰佑氏(J.S.A. Sake Diploma)、井本浩之氏と会談した。日本酒の輸出統計や、地酒醸造所が米国の卸売業者(ディストリビューター)との関係構築に苦慮している現状について議論を交わした。
話題が進むにつれ、自然とフランスワインとの比較に至った¹⁰。一部の担当者が、日本酒がフランスワインに後れを取っているとの認識を持っていることが明らかになった。一見すると意外に思える見解であった。日本酒造りは、ワインがフランスに根付いたのと同等かそれ以上の長い歴史を持つ、完成された伝統と技術だからである。
しかし、JETRO担当者が指していたのは、フランスがソムリエ養成プログラムを通じてフランスワインとフランス文化への愛情をグローバルに浸透させた手法であった。食通・愛好家としてソムリエを信頼し敬愛しているが、一方でフランスの国民・政府・経済の視点から見たとき、ソムリエは全く異なる様相を呈する。
- 世界中の人々がフランスに渡り、フランスのワイン造りとペアリングを学び、フランスの教育機関に学費を支払って学位や資格を取得する。
- 帰国後、彼らは自国のホスピタリティ産業やワイン業界で、フランス式の食とワインの楽しみ方を人々に教え、対価を得る。
- その結果、世界中の事業者がフランスワインをはじめとするフランスの食品を輸入するようになる。
- さらに、フランスとの社会的・教育的紐帯を持つ人材が世界の主要な食文化の中心地に根を張ることで、フランスもまたそれぞれの食文化の中心地から学ぶことが可能になる。
ソムリエを信頼し敬愛しているが、法律家の目から見れば、このソムリエ制度はフランスの経済と文化を支える精緻な仕組みに他ならない。いわば、フェルネットの寓話を国家産業規模で、政府の支援のもとに実行したものといえる。
JETRO担当者の見解は正しいと考えられる。日本酒の専門家による独自のグローバルネットワークの構築という点で、日本は確かに後発である。ただし、この点について過度の懸念は不要であろう。フランス以外の国はすべて同様に後発なのである。さらに、日本酒専門家のグローバルネットワークの基盤はすでに存在する。日本酒ソムリエの養成プログラムはすでに運営されており、多くのワインソムリエ養成プログラムにも日本酒のカリキュラムが組み込まれている。
新潟大学日本酒学センターを岸教授および塩川氏の案内で視察した際、日本酒専門家のグローバルネットワークがどのように構築されつつあるかを、まさに目の当たりにした。
11.「新潟大学日本酒学センター」
新潟大学日本酒学センターは、2018年に日本酒の学際的研究に特化した世界初の機関として設立された。その使命は以下のとおりである。
「……従来の醸造学・発酵学にとどまらない幅広い視点をもち、日本の伝統的文化である日本酒を多角的に学ぶことで、その知識・教養を身に付け国内外に発信できる国際的人材を育てます。」¹¹
したがって、多様なオンライン講座やリソースに加え、修士課程・博士課程のプログラムや酒類業界の専門家向け認定資格を提供している。さらに、ボルドー大学ブドウ・ワイン科学研究所やカリフォルニア大学デービス校のブドウ栽培・ワイン学部など、著名なワイン学プログラムとも提携している。

これまで見学してきた数多くのソムリエ養成プログラムと比較して、新潟大学日本酒学センターの最大の特徴は、その真に学際的な性格にある。キャンパス内では、西田准教授と岸教授の案内で「試験醸造室」と「日本酒と食品の美味しさ解析室」を視察した。各研究室では、酵母の異なる菌株が米の発酵過程における風味・香りに与える影響や、食品の美味しさについて研究していた。酵母の研究室は、基礎研究で用いる酵母菌株ライブラリーを用いた研究や、業界向けの清酒酵母の改良育種などを行っている。また、実験室で試験醸造した日本酒や、新潟県内で醸造した日本酒の化学分析も実施している。

さらに岸教授によれば、同センターの使命は最先端の科学で日本酒の造り手を支援することにとどまらず、日本酒の歴史・文化・経済に精通した専門人材の育成にも及ぶ。同センターは日本酒造りに関する優れた歴史文献コレクションを有し、所属研究者の専門分野は人文科学から自然科学まで多岐にわたる。法学、経営学、社会学、公衆衛生学といった多様な学問的背景を持つ研究者が在籍しているとのことである。
発足当初からこの学際的アプローチを採ることにより、世界各地の日本酒関連事業や経済を牽引する、多様で柔軟な専門家ネットワークが形成されるであろう。こうしたプログラムは、やがて日本酒のグローバルな影響力を飛躍的に高めうるものと考えられる。
12.「塩川酒造の事例」
米国での販売に成功している日本の醸造所はすでに存在する。多彩な製品を試飲しながら、塩川酒造が地酒醸造所でありながら生産量の50%超を輸出しており、その多くが米国向けだという事実を知った。地酒醸造所としては極めて大きな成果である。
この成功は、塩川氏が筆者のフェルネットの寓話を聞くよりもはるか以前に、その教訓の多くを自ら体得していたことに起因すると推察される。塩川氏は15年前のTrue SakeのオーナーであるBeau Timken氏や11年前の当時レストランのソムリエだった迫義弘氏との会いなど、11年ないし15年前のサンフランシスコへの訪問や現地の酒類販売関係者達との出会いは明らかに大きなインスピレーションとなった。塩川酒造の輸出製品は巧みにローカライズされており、塩川氏がサンフランシスコで得た体験が色濃く反映されている。
一例として、塩川酒造のCowboy Yamahai(カウボーイ山廃)を挙げたい。ラベルには書道ではなく、米国の文化的アイコンである西部開拓のイメージが用いられている。塩川氏によれば名称はBeau Timken氏が名付け親であり、米国のステーキに合う日本酒を造りたいという思いと、カウボーイの開拓者精神に共感したことがこの製品の着想であった。このトレードドレスは、米国消費者が理解できるストーリーを語り、伝統的な日本料理の文脈を超えて日本酒を位置付けている。同時に、Cowboy Yamahai は新潟特有の水と生酛系の醸造技術を用いた、100年以上の歴史を持つ醸造所による紛れもない日本の伝統的製品である。

塩川酒造の各輸出製品には、同様のローカライゼーションへのこだわりが見て取れる。これは、塩川氏がベイエリア滞在中に自社製品を取り扱ってほしい事業者の人々と時間をかけて交流し、米国の飲酒文化を体験したことに大きく起因していると考えられる。塩川氏は、サンフランシスコのレストラン「ノパ(NoPa)」での食事の思い出が、輸出銘柄「のぱ」の着想になったと語っていた。さらに塩川氏は早い段階で、米国初の日本酒専門酒販店であるTrue Sakeとの取引関係を構築しており、同店は現在も塩川酒造の製品を取り扱っている。

塩川氏の成功は、卸売業者との関係にも裏打ちされている。塩川氏自身、当初は輸出を採算に合うものとする米国の卸売業者を見つけるのに苦労したと述べている。注目すべきは、塩川酒造の製品が米国の大手卸売業者でも小規模の「日本酒専門」卸売業者でもなく、コメ・コレクティブ(Kome Collective)を通じて輸入されている点である。コメ・コレクティブは、日本酒ポートフォリオとして独立する以前は、著名なワイン輸入業者の一部門であった。
コメ・コレクティブの日本酒業界に対する専門性と深い人脈は、その成功の要である。ただし、そのルーツがワイン輸入にあることも見逃せない。なぜなら、コメ・コレクティブの顧客の多くは、高級レストラン・バーおよび専門酒販店であったと推測されるからである。これはまさに塩川氏がサンフランシスコ滞在時に足を運んだ業態であり、筆者の見るところ、地酒の販売において大きな成功を収めうる業態でもある。
塩川酒造は、米国輸出モデルを成功させた地酒醸造所の一例にすぎず、異なるモデルで成功を収めている醸造所も存在するであろう。ただし、米国市場が地酒の本格的な拡大を真に支えうるようになるためには、教育、ローカライゼーション、流通の各要素がさらに成熟を続ける必要がある。
13.「法律家の役割」
異国に1か月間滞在して業界を研究するという行為は、多くの法律家にとって一般的ではないことは承知している。休暇でもなく、ビラブルアワー(billable hours)――法律事務所における報酬算定の基礎単位であり、依頼者に請求可能な業務時間――を生み出すわけでもない時間を、なぜこれほどかけるのか。
法律実務は今後2年以内に劇的な変化を遂げると考えられ、筆者の依頼者はそれに備えた弁護士を求めるであろう。あと1年ないし2年もすれば、AIツールがあらゆる法分野について信頼性の高い包括的な分析を生成し、あらゆる法的文書の少なくとも初稿を作成できるようになると見込まれる。では、法律の畑で耕し続ける人間に何が残されるのか。筆者の答えは、文脈に根差した分析に基づく戦略的助言である。
あらゆる法律家が任意の法分野の包括的分析を手元に持てるようになったとき、弁護士間の差別化要因となるのは、業界を真に知り尽くしていることである。さらに、その知識は人々に関する知識、すなわち事業上の判断を動機付ける実体験への理解である必要がある。本稿で議論してきた内容を例にとれば、こうした人的な機微を理解する法律家こそが、依頼者の信頼を獲得し維持することができる。
- 米国の大手卸売業者(ディストリビューター)が地酒生産者をどのように扱う可能性が高いかについて助言し、良きパートナーとなりうる相手先を紹介することができる。
- 依頼者の製品を適切な市場に配置してくれる米国のパートナーへの橋渡しが可能である。
- 依頼者が米国市場で成功するために製品に必要な外部支援の種類について、共に考えることができる。
- マーケティングや契約における真正性と異文化メッセージングの緊張関係の調整を支援することができる。
上記の多くは、日本と米国双方の文化の視点から、適切な問いを立て、その回答を理解する能力に帰着する。的確な質問をなしうる法律家は多いが、現場に赴き、人々に会い、文化を体験し、その語りに耳を傾けなければ、真に適切な問いを立てることはほぼ不可能である。これはAIには決してなしえない領域であり、多くの法律家が備えていない能力でもある。筆者の依頼者および将来の依頼者に知っていただきたいのは、当事務所がまさにこうした能力を備えているということである。
したがって、今回の日本訪問は日本酒の法律を学ぶためではなかった。日本酒に携わる人々に会い、彼らの主要な課題を理解するためであった。適切な文脈を持つからこそ、AIには不可能な方法で、法的枠組みを通じた課題解決を提案することが可能となる。1か月の日本滞在は決して十分ではなかったが、この旅の素晴らしい出発点となった。
乾杯!!!
「おわり」

