September 2025

日本産酒類の米国市場への輸入における法的・文化的留意点

Rik Douglas Jeffery(共同創業者・代表(米国弁護士(カリフォルニア州)))

要旨
米国の酒類規制は重層的かつ文化的文脈に強く依拠している一方、日本産酒類への需要は年々伸長しており、他分野の酒類需要の伸び悩みを尻目に、日本の生産者にとって前例のない商機が生まれている。当事務所は長年、日本企業の米国酒類市場参入を支援してきた。本稿では、当事務所の経験に基づき、日本の酒類業界がこの機会を活かすうえでの実務的示唆を整理する。

1. 「はじめに」――

米国の一部酒類分野では需要減が続く一方、清酒への需要は年々増加している[1]。とりわけ、2024年には対米清酒輸入が金額・数量ベースでいずれも約25%増加したとの報告がある[2]。足元の傾向は安定的かつ強含みであり[3]、日本の生産者にとって米国市場は未曾有の経済機会を示している。

2. 「規制環境と文化的前提」――

米国の酒類規制は、禁酒法時代の歴史を背景に、連邦・州・地方の多層規制と、業界の垂直統合の禁止を基調とする設計が特徴である[4]。さらに、規制当局が日本の酒類産業に関する基礎情報を十分に把握していない場面も少なくない。加えて、トランプ大統領の関税・通商政策も、市場参入の心理的ハードルを一段と高く見せる要因となり得る[5]。

3. 「ローカライズ(現地適合)」――

米国市場で成功するうえで、ブランドのローカライズは最重要要素の一つである。各国には表示・意匠に関する固有の法的要件があり、条約に基づく場合や所管機関の解釈が分かれる場合もある[6]。同時に、多くの酒類は深い文化的伝統を背負う。生産者が自国文化に根ざして構築した世界観・美意識を、文化的・言語的前提を共有しない消費者に伝わる形で表現し、かつ販売に資するメッセージへと転換する作業は繊細である。

米国では、米国アルコール・タバコ課税貿易局(TTB)がすべての酒類ラベルを審査・承認(COLA)する[7]。非英語表記の翻訳や、所定事項の英語表示が求められるほか、意匠についても消費者誤認防止の観点から審査対象となる[7]。書や漢字の意匠は、米国消費者には美しく異国的に映り得るが、言語・文化的背景が共有されない場合、液体の中味イメージが伝わらないこともある。当事務所は、生産者・マーケター・デザイナーと連携し、文化的真正性と法令適合を両立させたラベル・トレードドレスの設計、ならびに当局対応やローカライズ関連契約の取りまとめを支援している。

4. 「主要ベンダー契約における文化論点」――

日本国内の生産者であっても、米国企業であっても、日本産酒類のサプライチェーンには複数の外部ベンダーが関与し、少なからず越文化的な契約交渉が生じる。その際、各当事者が「自国の常識」として前提化している商慣行・法的含意が齟齬の源となりやすい。

典型例がレシピ(フォーミュラ)帰属である。米国では、ブランドのために他社が開発・製造した液体に係る知的財産(配合・製法等)は、契約で特段の合意がなければブランド側に帰属することが珍しくない。他方、日本では、受託醸造であっても配合・製法の権利は醸造側に残すのが通例である。越文化の当事者同士がこの点を明記しないまま契約締結に至れば、双方が自国標準に基づく真逆の期待を抱え、後の紛争の火種となる。ゆえに、交渉段階で各当事者が依拠している「不文の前提」を洗い出し、どこまで契約本文に明記するかを戦略的に判断する必要がある。日本側にとっては、婉曲表現が好まれる言語文化ゆえに直接的な問いかけが非礼と受け取られない配慮が、米国側にとっては、相手が当然に質問してくると見做している点を明確化する配慮が、それぞれ求められる。

加えて、多くの日本の酒類生産者は、米国企業(輸入業者・マーケター・ディストリビューター等)との提携を選択し、米国市場の許認可対応を直接担わない道を取ることがある。これらの契約は米国法が準拠法となる場合が少なくなく、市場での成否にも直結するため、越文化交渉・相互理解の課題は繰り返し生じる。

5. 「サプライチェーン(低温管理)の課題」――

日本、とりわけ清酒の流通は、おおむね摂氏約5度での低温管理を前提としている。米国の流通・小売にも低温設備は存在するが、数百ドル未満の量販価格帯では常時冷蔵という選択肢は現実的でないことが多い。結果として、日本出荷から米国到着までは低温管理される一方、卸・小売の段階では常温保管となるのが一般的である。

もっとも、ここでいう「常温」は、空調・温度帯管理のない保管を意味するものではなく、冷蔵ではない管理下での流通を含む場合がある。

千年以上の歴史をもつ醸造文化に敬意を払う観点から、伝統的な蔵では常温流通を受け入れ難い場合があるのも理解できる。他方、米国の卸・小売も販売商品を劣化させるような扱いを望んでいるわけではない。一般論として、ワインの取扱実績等から、常温管理下での保管が直ちに品質を毀損するとはいえない一方で、伝統的清酒に及ぼす影響については科学的・官能的検証が進みづらいという現実がある。

6. 「政府の許認可・承認」――

日本産酒類は、一般の「食品」と同様に、米国税関(Customs)および米国食品医薬品局(FDA)の標準的な手続を経る必要がある。加えて、(i)連邦レベルでの米国アルコール・タバコ課税貿易局(TTB)による規制と、(ii)各州の酒類行政機関による規制という二重の枠組みが存在する[8][9]。供給体制や米国内の事業体の持ち方により、必要な許可・免許の種類や名義人は変動するが、全州展開を想定すれば、連邦当局に加えて約50の州当局が所管権限を持つことになる。

6.1 連邦規制(TTB)

日本産酒類に関わる主な要件は、概ね次の3点である。輸入者許可(Importer’s Permit)[10]、液体審査(フォーミュラ承認)[11]、ラベル承認(COLA)[12]。

実務上、これら各手続は、担当審査官の裁量に大きく委ねられる。輸入者許可の段階で追加照会の要否、フォーミュラ説明の十分性、ラベル・トレードドレスの誤認可能性や地理的表示の適合性判断など、いずれも担当官の理解に依存する。とりわけ清酒・焼酎等の日本産酒類については、審査官が基礎情報を十分把握していないことが少なくなく、相対的に厳格な確認が行われがちである。

6.2 州規制

各州は独自の酒類規制当局を有し(例:カリフォルニア州アルコール飲料管理局(ABC)[9]、ニューヨーク州酒類管理局(SLA)[13])、連邦承認が揃うまで州側の審査が進まないのが通例である。州当局は自州内に関する限り、実質的に連邦当局と同等の権限を有する。 市場規模の大きい州(カリフォルニア、ニューヨーク、テキサス等)ほど、追加的な監督・免許・価格届出・表示義務・開示義務等が課される傾向にある。また、州当局も連邦同様、日本および日本産酒類に関する基礎情報を十分に有しない場合があるため、連邦対応に加えて、各州ごとの戦略設計が欠かせない。

7. 「おわりに」――

本稿は情報提供のみを目的とし、リク・ジェフリー個人またはGibson & Jeffery, LLPの正式な法的意見を示すものではない。法的助言として解釈されるべきではない。記載内容は、各種当局・事業者との実務経験に基づくが、過去の事例は将来の結果を保証しない。米国の酒類産業および規制は絶えず変化している。日本企業・米国企業の別を問わず、日本産酒類の米国市場展開に関する初回相談については、個別事情に応じた検討が必要となるため、詳細は当事務所までご照会ください。

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